ネパール王国でKJ法研修会を開催する

ポカラ、オールドバザール
(ネパール)
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<目次>

はじめに

トレーニングがはじまる

テーマをきめてとりくむ

フィールドワークをおこなう

ネパール人はうつくしい図解をつくる


2003年12月22日 発行

 


 解 説

 1997年11月、わたしはネパール王国をはじめておとずれ、ネパール西部の都市ポカラにおいて、学生や教員などを対象にしたKJ法の研修会を開催した。ネパール王国においてKJ法の研修会をひらいたのはこれが最初であった。帰国後その記録を、KJ法の会員組織「KJ友の会」の会報に掲載した(注)。以下の文章はそのときのものである。

(注)KJ法の新展開「ネパール、ポカラ・プロジェクトが実施される」積乱雲、68、2-3ページ、1998年、川喜田研究所。

 


 

 はじめに

 今日、おおきな危険をはらみつつグローバル化が急速に進行してきている。そして、世界各地に環境問題をはじめ様々な問題が噴出しつつある。このような諸問題に対して、KJ法は、おおきな役割を演じなければならないと期待されている。

 本プロジェクトは、ネパールと日本との国際協力により、フィールドワークとKJ法とを基軸とする野外科学的方法をもちいて、地域や世界がかかえる諸問題に参画方式によりとりくんでいこうというものである。

 ポカラは、ネパールの首都カトマンズの西約150kmに位置する、人口約10万人のネパール第2の都市である。またこの地は、世界の人々をいざなう山岳観光地としてしられ、その雄大な山岳環境はきわめてすばらしく、他に類をみることができない。この大自然がもつおおきなポテンシャルを生かしていくことは非常に重要な課題である。

 ポカラの隣接地域(シーカ河谷等)では、ヒマラヤ技術協力会(現ヒマラヤ保全協会)(会長:川喜田二郎)発起以来の国際協力の実績があり、この伝統をふまえて今回のプロジェクトを実施するはこびとなった。

 今回のセッションでは、ヒマラヤ保全協会と川喜田研究所との協力により、現地においてKJ法の指導やKJ法による地域調査等をおこなった。今後、KJ法を活用しながら、第三世界のすすむべき道筋をかんがえるとともに、将来は、ポカラを、地球の未来をかんがえる国際的なアカデミック都市にしようという構想もだされている。

 

 トレーニングがはじまる

 1997年11月21日、わたしは空路ポカラへ到着する。日ざしはすこしつよいくらいで、空気はすみきって、あたたかくさわやかである。ポカラからの、マチャプチャリを中心にしたアンナプルナ山群の眺望は大変すばらしく、迫力がある。

 まず、かつて中部大学の留学生であり、丹後移動大学のOBでもあるスニール=プラサド=セルチャンさん宅をたずねる。セルチャンさんには、通訳その他の便宜を旅行中つねにはらっていただいた。

 その後、ポカラ商工会議所にて、今回のプロジェクトのネパール側の中核的グループであるネパール日本友好文化協会の方々と面会し、今後のすすめ方などについてミーティングをもつ。

 11月23日からは、KJ法のトレーニングが開始される。受講生は、学生・教員・ヒマラヤ保全協会スタッフなどネパール人総勢17名である。KJ法概論にひきつづき、トレーニングの第1ステップとして、3つのグループ(ダウラギリ、マチャプチャリ、アンナプルナ)にわかれて、ケーススタディ方式によりKJ法グループ作業にとりくむ。テーマは「環境問題をどうすればよいか」である。元ラベルは日本で用意したものをセルチャンさんがネパール語に翻訳したものをつかう。また、ネパール語に翻訳したKJ法図解のサンプルをモデルとしてつかう。

 翌24日には、図解が完成し、発表会・討論会を開催する。各発表の直後には、きわめて活発な議論がまきおこる。会場の何人かはたちあがって議論をはじめる。日本での研修会ではありえないことである。セルチャンさんによると、ネパール人は日本人にくらべてはるかに話ずき・議論ずきであり、特にアーリア系の人々はにぎやかだとのことである。

 

 テーマをきめてとりくむ

 討論会終了後、トレーニングの第2ステップにはいる。各グループごとに、今度は、探検ネットをつかいテーマ設定をおこなう。作業をみていたら、別に指示したわけでもないのに、探検ネットのテーマをかこむ枠を完全な円形にし、KJラベル(元ラベル)を厳密に均等に配置している。ネパール人は対称性を非常に重視し、図形のうつくしさをとても大切にするようである。

 次の多段ピックアップでは、テーマ(ラベル)がある程度まではしぼりこまれたが、グループ内の各メンバーがその後おたがいにまったくゆずらないため、このままではグループとしてのテーマがきまらないのではないかと憂慮された。しかし、しばらくしたある瞬間に、グループ内でパッと合意が形成され、1つのテーマにきまってしまった。この不思議なできごとは、民族学的にもおもしろいテーマになるかもしれない。日本人の場合は、グループ内で相談をかさねているうちに次第に1つのテーマにしぼりこまれていくという傾向がある。各グループのテーマは、「明日のポカラ今日の問題」(マチャプチリ)、「環境問題と解決方法」(ダウラギリ)、「公害のないポカラ」(アンナプルナ)である。

 翌25日から、グループごとにパルス討論を実施する。ここでも2つのグループは探検ネット上のテーマを完全な円形でかこみ、放射状にかなりきちんと元ラベルを配置している。しかし、ダウラギリ・グループのみ、今度は、定規をつかってきちんとかいた四角形でかこっている。多段ピックアップ(元ラベル30枚)ののちKJ法グループ作業にはいる。表札づくりの事例をセルチャンさんがネパール語に翻訳して説明する。26日には、発表会をおこない、衆目評価法を実施し、判断部分のグループ作業の実習を終了する。

 

 フィールドワークをおこなう

 11月27日からはトレーニングの第3ステップにはいる、まず、点メモ花火→データカードの方法を解説する。そして、ポカラ市内各地区を分担してフィールドワークを実施し、各人でデータカードを作成する。ここでは、1人のインフォーマントからききとった内容を1枚のデータカードにするという誤解が一部の人々に生じていたので修正してもらった。1枚1項目にしなければならない。ダウラギリ・グループは43枚、マチャプチャリ・グループは36枚、アンナプルナ・グループは45枚のデータカードを作成する。カードに通し番号を記し、ポカラのデータベースを作成する。各グループごとにデータカードを共有し、その要約を元ラベルにする。元ラベル36枚によりKJ法個人作業を実施する。

 12月1日は発表会である。「各チームから1〜2名が代表で発表してほしい」とつたえたところ(日本での研修会では通常こうしている)、「一人一人全員が発表しなければだめなんだ」とのつよい反発がだされ、受講者全員が発表する全体発表会を1日かけて開催することになった。時間制限を特に設定しなかったところ、発表も討論も徹底的におこなわれ、1人あたり約30分も時間がかかる。受講生の積極性にはおどろくばかりである。

 12月2日からは、これまでのトレーニングをふまえて、KJ法の実践として、「今日のくらし明日のまち」のテーマのもとで、3グループにわけてポカラ市民の声を実際にきく調査作業にはいる。ポカラ市民約30名にあつまっていただき、グループわけをおこない、各グループごとにポカラ市民の声の探検ネットを作成し、そこから約40枚の元ラベルを多段ピックアップし、KJ法グループ作業をおこなう。5日には、KJ法グループ作業は終了し、発表会ののち、衆目評価を各グループごとにおこなう。

 12月7日はKJ法のトレーニングと実践の最終日であり、KJ法の全体を復習し、感想データカードを各自に記入してもらう。そして、9日には、送別パーティーを盛大に開催していただいた。翌10日、20日間滞在したポカラを後にする。雨で飛行機は欠航になったため車でカトマンズへむかう。

 

 ネパール人はうつくしい図解をつくる

 ネパール人の参加者は、KJ法に対して非常に新鮮な印象をもったようで、今後様々な課題にKJ法でとりくんでいきたいとのべている。いずれにしても、17名の受講生が約2週間にわたり、誰ひとり1日も欠席せず参加したことはうれしいかぎりであり、彼らの熱意がつたわってきた。

 作成されたKJ法図解はなかなかしっかりできている。全般的にみて、初心者であるにもかかわらず、ネパール人は誰もがかなり丁寧に図解を作成する。たとえば、島どりは定規をつかってきちんとかくことがおおい。そのため、島どりのかどは直角になる。日本人は、島どりの角にまるみをつけるのが普通である。また、絵をかきこんだり、左右対称にしたりするなど、グラフィックな美しさをよく追求している。今後は、これらの図解やデータをデータベース化(電子化)し、構想計画の立案、課題解決のためにつかっていくことになる。

 

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