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東京都美術館 |
<目次> |
世界一周、1万年の旅 金の牛頭がかがやいている。その牛の胴体は木でできた箱になっていて、上にのびた背中から胴体に弦がはられている。「牛頭のある女王のリラ(竪琴)」である。これはイラク南部のプ・アビ女王の墓から出土した副葬品で、シュメール時代(紀元前2600-前2400年頃)のものだという。これ以外にも、メソポタミア地域の出土品が多数展示されている。 2003年12月、東京都美術館で開催された「大英博物館の至宝展」(注1)をみる。 今回の特別展は、大英博物館の創立250周年を記念して、700万点をこす収蔵品のなかから、全部門にまたがる逸品約270点を5つのゾーンにわけて紹介するという意欲的な企画である。 地下1階の入り口を入りしばらくあるくと、「古代オリエント世界」がひろがってくる。 「牛頭のある女王のリラ(竪琴)」につづいて、石製浮彫「瀕死のライオン」、「記念碑」などメソポタミアの諸王朝にまつわる出土品がみえてくる。現在のイラクにあたるメソポタミア地域は人類文明あけぼのの地であり、紀元前3000年頃、シュメール人はこの地で最初の都市文明をきずいた。紀元前2500年頃からは、様々な国家が消長をくりかえし、紀元前7世紀前半には、北部メソポタミアからおこったアッシリアがエジプトにいたる領域を統一して世界帝国となった。アッシリアは「メソポタミア文明の完成者」といわれる。 わたしは足をすすめながらそれぞれの出土品をよく観察し、それが展示されている「場所」とともにその出土品を「映像」(イメージ)として記憶していく。同時に、その発掘地域とそれがつくられた推定年代もしっかり確認する。 メソポタミアのつぎは「ペルシャ帝国」が、そして「地中海域」、「古代エジプト」の展示がつづく。 「古代オリエント世界」がおわり地階から1階にあがると、そこは「ギリシャとローマ帝国」の世界である。ギリシャの古典主義美術は、地中海からヨーロッパ内部におよび大帝国をきずきあげたローマにうけつがれ、あらたに花開いた。 つづいて「ヨーロッパの先史時代」である。馬などの4頭の動物がきざまれている「線刻のある石板」がある。これは本展最古の出品物、約1万2500年前の人類最古の「アート」であり、フランスで発見されたという。そして、「古代ヨーロッパ」、「中世ヨーロッパ」、「ルネッサンスと以降の時代」とつづいていく。 そこをすぎると「アフリカ」である。クバ王国(現在のコンゴ)の「王の像」には、歴代の王をしめす象徴的な形象が台座にほられ、それによってどの王の像であるかがわかるように工夫されている。つづいて「アメリカ」の「モチェ文化」の遺品がある。そして階段をのぼり2階にでると「世界史1万年の略年表」があり、そこを右にまがっていくと「オセアニア」の世界へ、そしてその先には「アジア」がひろがってくる。日本からは、代表的な古代の青銅器である「銅鐸」が展示されている。様々な作品をみたあとで日本や中国の作品をみると、繊細でうつくしい東洋の個性をはっきりとよみとることができる。
歴史を圧縮し未来へつなげる この間、約4時間。わたしはこれで、世界を1周しながら人類の歴史1万年を「旅」したことになる。古今東西の文化遺産を一堂にあつめた今回の会場には、人類の歴史、人類の体験がみごとに圧縮されていて、わたしはつてないふかい「歴史体験」をすることができた。 また、全世界にわたる作品群を一気にみたことにより、世界の多様性をひととおりしることができ、この世界の多様性の枠組みのなかにわれわれの文化を位置づけ、相対化することもできた。世界には実にいろいろな文化があり、それぞれの地域に歴史と伝統がある。われわれはそれを尊重していかなければならない。 このように人類の歴史と多様性を体験することは、全世界を網羅している大英博物館にしてはじめて可能になったことである。そして、人類の歴史と多様性がここで一旦「圧縮」されることにより、それらが保存され、後世へとつたえられていく。このような意味で大英博物館は、人類の歴史と多様性を未来へとつなげていく装置・方法とみなすことができる。
記憶の劇場 ところで、今回のガイドブック(注2)をみると、大英博物館は「記憶の劇場」であるとあり、「大英博物館は、人類の記憶の集大成を収容するという意図のもとに当初から創設された」とある。 同時に記憶術についても紹介されていて、「古代ギリシャで発展した古典的な記憶術では、ある建物の中を歩きながら、その場所で想像したものと概念とを関連づけることで、一連の概念を記憶していった」と記載されている。わたしは、ガイドブックと会場の平面図をよくみながら、それぞれの作品が会場のどこにあったかを再確認した。特に、音声ガイドプログラムで紹介されていた29の作品については、その映像(イメージ)と展示場所を確実に記憶した。 さらに、展示されている作品には、「記憶をつなぎとめる手段」としてつくられたものがそもそも多いという。たとえば、歴代の王の系譜を記憶するためにつくられた「クバ王国の王の像」(18世紀後期)、海図を記憶するために利用された「スティックチャート」(ミクロネシア東部のマーシャル諸島)、その他、肖像画・自画像・墓・棺・追悼記念碑・碑文・記念品などは死者や過去の出来事を記憶し、おりにふれて想起するための手段としてつくられたという。 備忘録についても解説されていて、「かならずしも記憶すべき事柄の詳細を形にして再現するのではなく、概要を思い出すための本質的な要素のみをかいつまんで列記したものである。基本的に、そこで使用されている暗号は簡略化されている」ということである。 つまり、博物館に展示されている作品は「記憶のしるし」としてとらえることができる、ということであり、その「しるし」にこそ人々の体験や歴史が「圧縮」されているのである。このような「記憶のしるし」を先人がいかに工夫したかを、建物のなかをあるいて記憶術を実践しながらかんがえていくことは実にたのしいことである。 このように、博物館は、「記憶のしるし」をよみときながら、記憶術を実践する場として用意されており、このような観点から博物館をとらえなおし、博物館を利用していくことはとても意義ぶかいことである。そして博物館を体験したあとで、世界史の本をもう一度みなおせば、世界や歴史に関する理解はさらにふかまることはあきらかである。 ガイドブック
(注1)「大英博物館の至宝展」主催:朝日新聞社、東京都美術館、大英博物館、テレビ朝日 |
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