推理と対決 -『刑事コロンボ』研究 -
40.殺しの序曲 “THE BYE-BYE SKY HIGH I. Q. MURDER CASE”
目 次
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まえがき
01.殺人処方箋
02.死者の身代金
03.構想の死角
04.指輪の爪跡
05.ホリスター将軍のコレクション
06.二枚のドガの絵
07.もう一つの鍵
08.死の方程式
09.パイルD-3の壁
10.黒のエチュード
11.悪の温室
12.アリバイのダイヤル
13.ロンドンの傘
14.偶像のレクイエム
15.溶ける糸
16.断たれた音
17.二つの顔
18.毒のある花
19.別れのワイン
20.野望の果て
21.意識の下の映像
22.第三の終章
23.愛情の計算
24.白鳥の歌
25.権力の墓穴
26.自縛の紐
27.逆転の構図
28.祝砲の挽歌
29.歌声の消えた海
30.ビデオテープの証言
31.5時30分の目撃者
32.忘れられたスター
33.ハッサン・サラーの反逆
34.仮面の男
35.闘牛士の栄光
36.魔術師の幻想
37.さらば提督
38.ルーサン警部の犯罪
39.黄金のバックル
40.殺しの序曲
41.死者のメッセージ
42.美食の報酬
43.秒読みの殺人
44.攻撃命令
45.策謀の結末
考察 -コロンボの方法-
参考文献
作品評価

キーイメージ

 オリヴァー=ブラントが、レコードプレーヤーに細工をしている。

DVDチャプターリスト

(1)天才たちの館 (2)“金貨のパズル” (3)オリヴァーの妻 (4)傘と凶器 (5)それぞれの推理 (6)チャイコフスキーが好き? (7)秘書の証言 (8)“私が悪いわけ?” (9)警部のご名答

犯行の動機

 会計事務所を経営するオリヴァー=ブラント(犯人)は、共同経営者で親友のバーティ=ヘイスティング(被害者)とともに、「シグマ協会」に所属していた。「シグマ協会」とは、知能指数がトップから2パーセントという天才だけで構成されるクラブである。
 以前からバーティは、会計事務所のオリヴァーの帳簿をしらべていて、彼が客の金を横領していることに気がついていた。
「おまえは泥棒だ!私は、おまえの正体をあばきたててやるんだ(You’re a thief. I’ll tell the whole world what you are)」(バーティ)
「残念なことだな(What a pity)」(オリヴァー)
 オリヴァーは拳銃をとりだしバーティにむける。

コロンボはいつどこでピンときたか

 シグマ協会の2階の図書室で、レコードプレーヤーが中途から再生されるようにセッティングされていたのを知ったとき。
 バーティは、殺される直前レコードを聞いていたとされるが、なぜ、レコードを最初からではなく中途からかけたのだろうか。このレコードプレーヤーは、コンピュータ制御ができる最新型のものであり、ボタンをおすと、レコード針がおりる位置を指定することができる。
 これは、誰かが細工をしたからにちがいない。コロンボは、バーティが殺される直前に一緒にいたオリヴァーにうたがいをもつ。

犯行を裏付ける事実

 バーティが殺されたシグマ協会2階の図書室で、分厚い辞書が床のうえにおいてあった(おちていた)。
 図書館からにげていったとされる犯人は誰も見ておらず、犯人像が特定できない。銃声がきこえてから40秒後に犯人は図書室のドアから出て行ったとされるが、犯人はその間、バーティの財布から金をぬきとっただけであり、これだけなら10秒ですむ(のこりの30秒は何をしていたのだろうか)。図書室の入口のドアをあけると、反対側のドアが自然にしまる(犯人がにげていったように見える)。事件当時、1発目の銃声がして、たおれる音がして、その後2発目の銃声が聞こえたのであるが、バーティはおなじ角度から2発うたれていた(音が正しければ角度はちがうはずである)。
 図書室の床におちていた分厚い辞書の背表紙の中央に線がひいてあった。そのすぐそばに赤色マジックペンがおちていた。図書室の床に煤がおちていた。
 シグマ協会のレコードプレーヤーはオリヴァーが寄贈したものであり、おなじものがオリヴァーの自宅にもあった。レコードプレーヤーのアームをささえる金具に、ぎざぎざのついたクリップではさんだ跡がついていた。プレーヤーがセットされていた時間はのこり4分間のところだった。オリヴァーが2階の図書室から1階におりてきてから、ちょうど4分後に銃声が聞こえた。
 オリヴァーはシグマ協会から自宅に傘をもちかえった。オリヴァーがもっていた傘に爆竹の跡がり煤がついていた。
 オリヴァーは、株で失敗して大穴をあけ、金が必要だった(だから横領していた)。

コロンボはいかにして決着をつけたか

 コロンボは、オリヴァーの前で、犯人がつかったトリックを次々に再現していく。そして、2発の銃声の間に、人がたおれる音をつくりだすトリックを説明しはじめる。
「ジェースンさんのアイデアなんですよ。本は震動でおちる。あのジェースンさんはまさに天才だ!(Well, it was his idea. The book, the vibrations. That Danzinger is a genius)」(コロンボ)
「君にそんな戯言を信じさせたヤツはすくいようのないバカだ。ちがう!犯人はこうやったんだ。これさ!(The man who conceived all this, you make him out to be a bungling ass. No, this is what he would have done. This!)」(オリヴァー)
 オリヴァーは、マジックペンをレコードプレーヤーのアームの脇に立てる。アームがもどってくる。マジックがたおれる。アームがクリップに接触して1発目の爆竹が爆発する。マジックペンが辞書の上におちる。辞書は床におちて「バタン」と音がする。そして2発目の爆竹の音がする。
「ほーらどうだ!(There!)」(オリヴァー)
 オリヴァーは、コロンボの言っていることに我慢ができなくなり、みずからのトリックを自演してみせた。コロンボの引っかけにまんまとのせられてしまったのであった。
「そうか。そうだったか(Oh, my. Oh, my)」(オリヴァー)

解説:凡人の努力と天才の閃き

 オリヴァーは、シグマ協会の図書室で、実にたのしそうに仕掛け(トリック)をつくっていた。その姿は、まるで子供が工作をしているかのようであった。彼は、幼稚な性格をもち子供っぽい。友人を何回もくすぐったり、鉄道模型であそんだりする。しかし彼は天才である。彼の仕掛けは実に巧妙だ。彼にはアイデアがあり、閃きがある。天才は、地道な努力をつんでいるだけの凡才とはあきらかにことなる。
 一方、コロンボは、地道に仕事をすすめる社会人である。コロンボはオリヴァーにかたっていた。
「あたし、どこへ行っても秀才にばかり出会ってねぇ。ああゆうのが大勢いちゃ、刑事になるのも容易じゃないとおもったもんです。あたし かんがえました。連中よりもせっせとはたらいて、もっと時間かけて、本を読んで、注意ぶかくやりゃぁ、ものになるんじゃないかってね。なりましたよ(All my life I kept running into smart people. And I could tell right away that it wasn’t gonna be easy making detective as long as they were around. But I figured… If I worked harder than they did, put in more time, read the books, kept my eyes open, maybe I could make it happen. And I did)」
 コロンボは、現場をしっかり観察し、その一方で知識をふやし、時間をかけて仕事をつみあげていく。捜査の過程では、データをあつめて問題のキーポイントをおさえ、それを中核にして様々な情報をむすびつけていく。あくまでも事件の現実的解決をめざし、事実の発見から仮説形成へすすんでいく。コロンボは、常に現実と格闘する、見識をもった経験ゆたかな社会人である。
 そして最後には事件を見事に解決する。今回の事件でも、コロンボは犯人の性格をつかみ、心の中までも読みとっていた。幼稚な天才オリヴァーは、自分のアイデアを他人に見せたがる。また自分の方がすぐれているとうぬぼれていて、うわついて地に足がついていない。
 対するコロンボは、単なる謎解きをやっているだけではない。ただ仮説を立てて検証しているだけでもない。決して推理におぼれることなく、事件解決・問題解決の大きな構造の中で推理を展開していく。ここにコロンボの仕事の安定性の根拠がある。最終場面では、事件の謎解きと犯人との対決をシンクロナイズさせ、見事に決着をつける。
 最後に、天才オリヴァーはコロンボに言った。
「警部、おたくの知能指数はいくつでした。きわめて高いでしょうな。すばらしい。あなた、警察においておくにはおしいですな(Lieutenant, what did you say your IQ was? Must be very high. Remarkable. Lieutenant, have you ever considered a different line of work?)」
実は、コロンボは天才でもあったのだ。そういえば、何かを見て、問題の核心に気がつくとき、コロンボには瞬間的な閃きがある。
 しかしコロンボは単なる天才ではなく、凡才をかねそなえた天才である。コロンボの中には、凡才の努力と天才の閃きの両方が存在し、ここにコロンボの魅力がある。コロンボの凡才と天才は、データの集積と仮説発想、犯人との対決と推理の展開、問題解決と決着のつけかたなど、各エピソードの随所にあらわれている。


tanokura.net 2005年12月25日発行
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