推理と対決 -『刑事コロンボ』研究 -
38.ルーサン警部の犯罪  “FADE IN TO MURDER”
目 次
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まえがき
01.殺人処方箋
02.死者の身代金
03.構想の死角
04.指輪の爪跡
05.ホリスター将軍のコレクション
06.二枚のドガの絵
07.もう一つの鍵
08.死の方程式
09.パイルD-3の壁
10.黒のエチュード
11.悪の温室
12.アリバイのダイヤル
13.ロンドンの傘
14.偶像のレクイエム
15.溶ける糸
16.断たれた音
17.二つの顔
18.毒のある花
19.別れのワイン
20.野望の果て
21.意識の下の映像
22.第三の終章
23.愛情の計算
24.白鳥の歌
25.権力の墓穴
26.自縛の紐
27.逆転の構図
28.祝砲の挽歌
29.歌声の消えた海
30.ビデオテープの証言
31.5時30分の目撃者
32.忘れられたスター
33.ハッサン・サラーの反逆
34.仮面の男
35.闘牛士の栄光
36.魔術師の幻想
37.さらば提督
38.ルーサン警部の犯罪
39.黄金のバックル
40.殺しの序曲
41.死者のメッセージ
42.美食の報酬
43.秒読みの殺人
44.攻撃命令
45.策謀の結末
考察 -コロンボの方法-
参考文献
作品評価

キーイメージ

 目だしマスクをかぶった強盗が、デリカテッセンに入ってくる。

チャプターリスト

(1)視聴率は最高 (2)“ウォードでしょ?” (3)クレアが死んでいる (4)警部と“ジョーズ” (5)名探偵ルーサン (6)ファウラーの行動 (7)“ホームズとホームズだ” (8)クレアの貸金庫 (9)ルーサン対コロンボ

犯行の動機

 人気テレビドラマ『刑事ルーサン』のプロデューサーであるクレア=デイリー(被害者)は、ルーサンを演じるウォード=ファウラー(犯人)から、ギャラの半分をゆすりとっていた。ウォードを売りだしスターにまでそだてあげたのはクレアであったが、彼女は、元脱走兵であるというウォードの秘密をにぎっていたのだった。
 ウォードは、ゆすられることにとうとう耐えられなくなり、クレア殺害を決意する。

コロンボはいつどこでピンときたか

 撮影所のジョーズの前で、クレアの夫シド=デイリーから、クレアとウォードの関係について聞いたとき。
 コロンボは、クレアが殺された事件は、強盗に見せかけた計画殺人であるとかんがえていた。そうだとすると、クレアを殺害する動機のある人物は誰だということになる。
 シドの話によると、クレアはいつもウォードの味方をしていた。シドは、『刑事ルーサン』は視聴率はさがってきているし、ウォードに高額なギャラを支払うことはできないと言ったが、クレアはそれに反対して高額なギャラで契約した。
「どうもわかんないなー。奥さんだって高い金はらったら損する立場なんじゃないんでしょうか?(I still don’t understand. Now, isn’t it to her best interests not to give him all that money?)」(コロンボ)
 実はクレアは、ウォードの「母親」になり、ウォードの歯並びをなおさせ、5キロ減量させ、櫛のいれかたまでおしえこんでいたのだった。
 コロンボは、ウォードが、クレアの「道具」として利用されていたことを知った。

犯行を裏付ける事実

 犯人は、現金だけをとってカードはとっていなかった(カードは闇にながせばいい値になるのに変だ)。犯人は、クレアの心臓を見事に撃ちぬいており、射撃の名人である。クレアのドレスにのこされていた弾の穴の位置が、体の傷跡よりも3センチ下にあった(クレアは、撃たれたとき両手をあげて、立っていたかゆっくり歩いていた)。ウォードは元兵隊であり、射撃の名人だった。
 犯人は中背だった。ウォードは実際には中背だった(彼はシークレットシューズをはいて5センチ背を高く見せていた)。犯人がかぶっていたマスクの内側に、俳優がつかう化粧(4種類)がついていた。犯人が着ていたキルティングもかぶっていたマスクも撮影所オの衣装部の備品だった。
 事件の日、クレアが電話をしていたとき そばにウォードがいた(ウォードは事件の夜クレアがどこに立ちよるか知っていた)。
 クレアは、銀行の貸金庫の中に巨額の株式証券をかくしていた(どうやってへそくったのだろうか)。ほかにウォードからの借用証書もあった(あれだけかせいでいて、まだお金がたりなかった)。
 ウォードの付き人マークの腕時計が事件後5分おくれていた。マークは、時間におくれないために、自分の時計をつねに5分すすめておく習慣をもっていた(ウォードは、アリバイづくりのためにマークの時計の針をうごかし、ふたたび元にもどすときに、そのことを知らずに、ただしい時刻にあわせてしまった)。マークはたった一杯の酒で酔っぱらってのびてしまった(薬をのまされたのではないか)。

コロンボはいかにして決着をつけたか

「ルーサン警部の口癖のように、証拠なきところに犯人はなしさ。推理としてはおもしろくても(As Lieutenant Lucerne would say, ‘Where there is no proof, there is no criminal’. Fascinating, not withstanding)(ウォード)
「でも証拠はちゃんとあるんですよ。ここに(But I think, sir, I have the proof, here…)」(コロンボ)
 コロンボは、犯行につかわれた拳銃をポケットからとりだしてみせた。
「問題はですね、一つおわすれになったことです(The thing is, he forgot something…)」(コロンボ)
 犯行につかわれた拳銃は撮影所の小道具の一つであり、そこには元々空弾がつめられていた。ウォードは、犯行のときそれを実弾にとりかえ、ふたたび空弾をつめて小道具部屋にもどした。そのときに拳銃の指紋はふきとったが、空弾の指紋をふきとるのをわすれてしまったのだった。このミスが決定的な証拠をのこす結果となった。

解説:ミスの発見が推理合戦に決着をつける

「小さな事実が物取りにぴったりこないんでしてね。あたしこの、ぴったりこない事実がきらいでしてね。どんなちっぽけなことでも、事と次第によってはでっかくなりますんでねぇ(Little facts that plain don’t fit. You know, sir, uh… Anything I hate, it’s one of those little facts. Doesn’t ever seem to matter how small it is, either, sir. It could be this big)」
 コロンボは、ぴったりこない ちっぽけな事実から推理をはじめ、この事件は計画殺人であるとにらんだ。そして、ルーサン警部(ウォード)にその推理をぶつけていく。このエピソードでは犯人も警部である。犯人は、コロンボの問いかけにこたえるだけでなく、ルーサン警部になって推理をすすめる。犯人もどんどん推理を展開する。コロンボがひとりで推理をすすめ、犯人に疑問をぶつけ、次第においこんでいくというパターンではない。コロンボ警部とルーサン警部のふたりの会話は、次第に推理合戦の様相を呈してくる。
「ぼくたちはいいコンビだ(I’d say we make rather a good team, don’t you?)」(ウォード)
「えーえー、シャーロック=ホームズとワトソンみたいに(Yeah. Sort of like Sherlock Holmes and Watson, sir)」(コロンボ)
「いやいやいや、むしろ、シャーロック=ホームズとシャーロック=ホームズさ」(No, no, no, no, no. More like Sherlock Holmes and Sherlock Homes)」(ウォード)
 事件の夜、クレアの行き場所を知っていたのは4人しかいなかった。それは、秘書、シド(夫)、マーク(ウォードの付け人)、ウォードであり、この中に犯人がいる。
 クレアが電話で行き場所をしゃべったのはウォードのトレーラーの中であるが、ウォードは、そのときクレアの話を聞いておらず、あとで秘書から聞いたとごまかす。また、クレアからゆすられていた事実はないと言う。アリバイもある。すると犯人はクレアの夫シドだろうか。
 しかし、最後に決着をつけたのは、空弾にのこされた決定的証拠(物的証拠)であった。最後はあっけなかった。物的証拠にまさるものはない。それはウォードの単なるミスであった。たったひとつの決定的証拠が事件を解決した。
 犯人がいかほど推理力にたけていようとも、行動において完全ということはありえない。推理と行動とは別である。コロンボは、推理をすすめながら、犯人のミスをさがしていたのであった。
 ウォードは、アリバイづくりのためにビデオをつかって細工した。野球中継の録画をマークに見せたとき、時計をおくらせ、その後マークがねむってからふたたび正確な時刻に時計をもどしていた。
「あれまずかったですね(That was a mistake, sir, uh…)」(コロンボ)
マークはいつも針を5分すすめていることをウォードは知らなかった。コロンボは、このミスもみのがさず、彼のアリバイもくずしたのだった。


tanokura.net 2005年12月25日発行
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