推理と対決 -『刑事コロンボ』研究 -
37.さらば提督  “LAST SALUTE TO COMMODORE”
目 次
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まえがき
01.殺人処方箋
02.死者の身代金
03.構想の死角
04.指輪の爪跡
05.ホリスター将軍のコレクション
06.二枚のドガの絵
07.もう一つの鍵
08.死の方程式
09.パイルD-3の壁
10.黒のエチュード
11.悪の温室
12.アリバイのダイヤル
13.ロンドンの傘
14.偶像のレクイエム
15.溶ける糸
16.断たれた音
17.二つの顔
18.毒のある花
19.別れのワイン
20.野望の果て
21.意識の下の映像
22.第三の終章
23.愛情の計算
24.白鳥の歌
25.権力の墓穴
26.自縛の紐
27.逆転の構図
28.祝砲の挽歌
29.歌声の消えた海
30.ビデオテープの証言
31.5時30分の目撃者
32.忘れられたスター
33.ハッサン・サラーの反逆
34.仮面の男
35.闘牛士の栄光
36.魔術師の幻想
37.さらば提督
38.ルーサン警部の犯罪
39.黄金のバックル
40.殺しの序曲
41.死者のメッセージ
42.美食の報酬
43.秒読みの殺人
44.攻撃命令
45.策謀の結末
考察 -コロンボの方法-
参考文献
作品評価

キーイメージ

 チャーリー=クレイが、深夜、ヨットにのって港を出て行く。

チャプターリスト

(1)提督の一族 (2)ヨットと死体 (3)警部の新助手 (4)沿岸警備隊 (5)造船所で・・・ (6)クレイの推理 (7)発見された死体 (8)紙型の謎 (9)彼がホシだ! (10)意外な被害者 (11)“参ったな、マック” (12)容疑者再集合

犯行の動機

 造船会社のオーナーで、「提督」とよばれるオーティス=スワンソン(第1被害者)は、巨額な財産をもっていた。彼には娘ジョアナがおり、娘婿のチャーリー=クレイ(第2被害者)が会社の経営をとりしきっていた。
 提督の身内には、もうひとり甥のスワニー(犯人)がいた。提督の財産は、娘のジョアナが相続することになっていたが、もし、ジョアナが父親を殺した場合は、ジョアナには相続権がなくなり、かわりに、甥のスワニーが巨額の遺産を相続できることになる。

コロンボはいつどこでピンときたか

 ドッグで、出港していくボートに「MOLLY J.」という名前がつけられているのを見たとき。
「わかったぞ。あれさ。あの船の名さ(I got it. It. MOLLY J.)」(コロンボ)
 提督は、S、A、I、L、Sの5文字とピリオドが切りぬかれた型紙をもっていて、これらをつかってボートに塗装をするつもりだった。文字をどのような順番でならべたらよいかわからないでいたが、このとき、それがある人物の名前であることに気がついた。
 それは「LISA S.」、リサ=スワンソンである。造船会社の若い女性社員リサのファミリーネームはキングであるが、SはスワンソンのSである。つまり提督はリサと結婚するつもりだったのである。リサは、遺産をのこさないと約束すれば提督と結婚すると言ったので、提督は、娘のジョアナに少しの信託財産をのこし、それ以外の財産は寄付することにしていたのだった。
 しかし、提督がリサと結婚する前に、ジョアナに殺されたということになれば、遺産はすべてスワニーのものになる。スワニーが犯人である。

犯行を裏付ける事実

 ジョアナが事件の晩どこへ行っていたかを知っていたのはスワニーだけである。スワニーは、ジョアナが逆上していたことを知っていた。スワニーは、ジョアナが酔っぱらうと正体がなくなることも知っていた。スワニーには、ジョアナをおくる途中で、ジョアナのバッグからブローチなどをぬすむチャンスがあった。

コロンボはいかにして決着をつけたか

 コロンボは懐中時計の音を耳元で聞かせながら「提督の時計(The Commodore’s watch)」と、容疑者一人一人にたずねていく。すると、
「まさか(Tisn’t)」(甥スワニー)
「それがどうした(So what?)(造船所長ウエイン)
「ほう、そうかい(Big deal)」(弁護士ケタリング)
「パパの時計?(Daddy’s watch?)」(娘ジョアナ)
とそれぞれがこたえた。
 この中でスワニーは「まさか」と言った。つまり4人の中でスワニーだけが、そんなはずはないという意味のことを言った。
 提督の時計は発見されたときにはこわれていたが、コロンボはそれを修理して音を聞かせたのであった。スワニーだけが、提督の時計がこわれていたのを知っていたことになる。スワニーの返答は、提督を殺害し、アリバイをつくるために、時計をすすめた上でこわしたことをしめす証拠となった。

解説:仮説を立てなおす

 チャーリーは、提督の家がある島から本土に車で出るとき、ゲートの警備員に時刻を聞いて、警備員は12時46分とこたえていた。
「端から私がひっかかっているのはその点なんですよ(That’s exactly what’s been bothering me right form the beginning)(コロンボ)
チャーリーはアリバイをつくるために、警備員に時刻を確認させていたのである。
 また、次の状況証拠から、コロンボは、チャーリーが提督殺害の犯人であるという仮説を立てた。
 提督の死体には、肺に水が入っていなかったことから、ボートから海におちるかなり前に提督は死亡していた(提督は、殺されてから海におとされた)。本土の港から提督の島まで、潜水具をつけて誰にも見られずにおよいでいくことができる。提督の家に、こわれた時計がおちていた(ここで格闘があった)。提督の部屋にあったロープ止めの1本だけは埃がふきとられていた(凶器としてつかわれた)。提督は造船会社を売却するつもりでおり、現在会社を経営しているチャーリーは、それを阻止しなければならなかった。つまり、提督殺害の動機もある。
 私たちもチャーリーが犯人だとおもってうたがわない。
 ところが、おどろくべきことに、そのチャーリーが何者かによって殺されてしまったのである。真犯人はほかにいることになる。仮説を立てなおさなければならない。
 そこで、まず、提督の殺害現場で発見された懐中時計は12時42分をさしてこわれて止まっていたが、チャーリーが、提督の家からでてゲートを通りすぎたのは12時46分であり、たった4分間で、提督を殺しゲートまでくるのは不可能なことから、チャーリーはシロであることを確認する。
 そして、提督がリサと結婚するつもりでいたことをつきとめたことから発展して、提督を殺す動機のある人物はスワニーであることがわかってくる。
 ただし、提督の死体を移動したのはチャーリーである。コロンボは、ジョアナに望遠鏡をつかってボートをのぞかせ、操舵している男が提督だと見間違えることを確認した。提督が死亡した夜、警備員は、ボートにのっていたのは提督だとおもったが、それは見間違えであり、実は替え玉のチャーリーだったということをコロンボは説明した。
 それでは、どうしてチャーリーは提督の死体を移動したのだろうか。カリフォルニアの法律によれば、妻が父親を殺した場合には父親の遺産は相続できない。おまけにチャーリーが分与にありつくこともできなくなる。つまり、チャーリーは妻(ジョアナ)が提督を殺したと誤解し、それで、提督の死体を移動して事故で死亡したように見せかけたのであった。
 するとスワニーは、チャーリーよりも先に提督の家にきて、提督を殺害して時計を先にすすめたということになる。スワニーは、ジョアナが犯人であるように人々におもいこませるように、いくつもの手掛かりをのこしていった。しかし、チャーリーが提督の死体を移動し、その後、スワニーのくわだてに気がついたことは想定外だった。チャーリーはことの真相に気がついたため、スワニーに殺されたのである。
 このように、スワニーが犯人であると仮説を立てなおすことにより、すべての事実のつじつまがあう結果となる。ただしい仮説は、多様な情報をむすびつけ集約する役目を果たし、事件の解決をみちびく。仮説は事件解決の急所である。
 このように、今回のエピソードは、仮説を立てなおさなければならなかったところが今までのエピソードとはちがうのであるが、私たちはそのことには気がつかず、いつものパターンで話はすすんでいくとおもっていた。チャーリーが犯人であり、コロンボはチャーリーを次第においつめていく。今までとおなじである。つまり私たちはいつものように見てしまい、今までの常識の延長で物事をとらえてしまう。人間は、無意識のうちに思い込みをしているのである。
 しかし、チャーリーの死体を見た瞬間、「アレッ」とおもう。この場面は、思い込みで物事を判断しないように注意することの重要性をおしえている。
 仮説は、現実でたえずチェックされなければならない。仮説を現実にさらして、検証にたえなければ立てなおす。すでにあつまったデータ、あたらしいデータのすべてのつじつまがあうようにかんがえなおす。そして適切な仮説が立つと、必然的に次の一手がでてくる。それが「提督の時計」の音を聞かせる実験だったのである。


tanokura.net 2005年12月25日発行
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