推理と対決 -『刑事コロンボ』研究 -
35.闘牛士の栄光  “A MATTER OF HONOR”
目 次
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まえがき
01.殺人処方箋
02.死者の身代金
03.構想の死角
04.指輪の爪跡
05.ホリスター将軍のコレクション
06.二枚のドガの絵
07.もう一つの鍵
08.死の方程式
09.パイルD-3の壁
10.黒のエチュード
11.悪の温室
12.アリバイのダイヤル
13.ロンドンの傘
14.偶像のレクイエム
15.溶ける糸
16.断たれた音
17.二つの顔
18.毒のある花
19.別れのワイン
20.野望の果て
21.意識の下の映像
22.第三の終章
23.愛情の計算
24.白鳥の歌
25.権力の墓穴
26.自縛の紐
27.逆転の構図
28.祝砲の挽歌
29.歌声の消えた海
30.ビデオテープの証言
31.5時30分の目撃者
32.忘れられたスター
33.ハッサン・サラーの反逆
34.仮面の男
35.闘牛士の栄光
36.魔術師の幻想
37.さらば提督
38.ルーサン警部の犯罪
39.黄金のバックル
40.殺しの序曲
41.死者のメッセージ
42.美食の報酬
43.秒読みの殺人
44.攻撃命令
45.策謀の結末
考察 -コロンボの方法-
参考文献
作品評価

キーイメージ

 モントーヤ牧場のリングで、エクトール=ランヘルにむかって黒牛が突進する。

DVDチャプターリスト

(1)マリネロを殺そう (2)警部とメキシコ警察 (3)牛の価値 (4)文化のちがい (5)ピックとランス (6)クーロの証言 (7)モントーヤとの対決 (8)ムレタと風 (9)意外な反応

犯行の動機

 ルイス=モントーヤ(犯人)は、メキシコの伝説的な名闘牛士であった。今では、足をいためて引退し、牛をそだてる牧場を経営しているが、国民的英雄であることには何ら変わりない。
 ある日、モントーヤ牧場で、猛牛のマリネロが檻からリングににげだし、牧場ではたらくクーロ=ランヘルにおそいかかる。クーロは気絶してしまい、彼があぶないというので、モントーヤと、クーロの父であるエクトール=ランヘル(被害者)がリングに入る。ところが、モントーヤは恐怖のあまり立ちすくんでしまって、何もできなかった。結局、エクトールがひとりでクーロをたすけだした。
 モントーヤは、エクトールに誠にみじめな姿を見られてしまった。誇り高い偉大な国民的英雄としては、無様な姿を見られてしまった以上、エクトールを生かしておくことは到底できなかった。

コロンボはいつどこでピンときたか

 事件の翌日、モントーヤ牧場の駐車場で、モントーヤが、ハードトップを洗車するように指示をだしていたという話を聞いたとき。
 モントーヤは、普段外出するときは、エクトールが運転する、31年型のオープン・クラシックカーをつかうことにしていた。しかし、エクトールが牛に殺された日は、ハードトップをみずから運転してアメリカ・サンディエゴに講演に行っていた。
 その日は、エクトールが帳簿付けがあるから外出できないと言い、その時刻は午後4時半とされている。ところがモントーヤは、その日の午前中に、ハードトップを洗車するように指示を出していた。
 つまりその日は、エクトールの運転でサンディエゴに行けないことがモントーヤにはあらかじめわかっていた。モントーヤには、エクトールが運転するオープンカーをつかうつもりは最初からなかったのである。
 モントーヤがあやしい。

犯行を裏付ける事実

 エクトールは、モントーヤの従順な助手であったのにもかかわらず、主人の財産である非常に高価な牛を、主人の許可なく殺そうとした(主人の許可なく殺そうとしたのは妙である)。エクトールは、リングで自分で牛の戸をあけたとされるのに、エクトールの遺体は戸からかなりはなれたところにあった。リングの土に、ピック(実際にはランス)のあたらしい跡がのこっていた。ピック(実際にはランス)のあたらしい破片がおちていた。
 牛を凶器としてつかい人を殺すことは可能である(モントーヤが牛をけしかけて、エクトールを殺した)。
 エクトールのトランクに彼の持ち物がつめてあった(エクトールは、荷造りをしてどこかへ行くつもりだった)。
 モントーヤがピックの破片と言った物は、実はランスの破片だった。ピックはリングで牛を傷つけ頭をさげさせるためにつかうが、ランスは牧童が牛をおうときにつかう。通常、リングではランスはつかわない(ランスがリング内におちていたのは妙である)。エクトールのランスはなくなっていた(クーロをたすけたときにランスをつかったのではないか)。
 モントーヤは足をけがしていた(もう闘牛はできない)。
 エクトールの尻に針の跡があった(薬品をうたれた)。モントーヤの自宅には、クロラロ・ハイドレートという、牛をフラフラにさせる薬品があり、これは人間にうつことも可能である。モントーヤの自宅には、注射針を仕込んだ空気銃がある(これで、エクトールをねらうことができた)。
 エクトールは、事件当日、帳簿の整理をすると言って牧場にのこったとされているが、実際には、その3日前に帳簿付けはおわっていた。
 事件当日は、午後4時から7時頃まで強い風がふいていた。強風のときは、通常、闘牛でつかうケープを水でぬらすが、エクトールのケープに水のシミはなかったし、リングに水の器もなかった(エクトールがリングに入ったのは、風がでる4時前だった)。

コロンボはいかにして決着をつけたか

 クーロがリングへ入り猛牛マリネロを殺そうとする。モントーヤがいそいでやってきて、それを止めようとする。するとクーロは、剣とケープをモントーヤに手わたし、牛のゲートをあけさせ、リングの端まで走っていく。
 モントーヤは、マリネロと対峙する。しかし、恐怖のあまり立ちすくんでしまい、身動きひとつできない。マリネロが突進してくる。あぶない! すかさずカウボーイたちが助けに入る。マリネロは檻にもどっていく。しかし、誰もが、何もできなかったモントーヤを一部始終目撃していた。
 モントーヤは、わずかにうなずいて、ケープと剣をコロンボにわたし、しずかにパトカーにむかってあるいていく。
 コロンボは、クーロが猛牛マリネロにおそわれた事故と同様なことを再現して見せたのである。モントーヤは、その時と同様に、今回も立ちすくんでしまい、何もできなかった。かつての英雄モントーヤは、自分の本当の姿を面前にさらけだすことになり、素直に罪をみとめたという訳である。

解説:犯人の心の急所を突く

「モントーヤじゃないかな(Montoya, maybe)」(コロンボ)
「もし、モントーヤなら動機はいったい何です(Montoya must have a motive)」(サンチェス警部)
「そう、どんな殺しにも動機がある。この場合まだわかりませんがね(Yes, every man has a motive. I don’t know what the motive is)」(コロンボ)
 コロンボは、モントーヤ牧場を最初におとずれたときに、モントーヤに目星をつけたが、動機はまったくわからなかった。そこで、コロンボは動機の推理をはじめる。まず、いくつかの重要な点が事実としてあげられる。クーロが牛におそわれた日、エクトールはランスをもっていた。モントーヤ牧場のリングにランスの破片がおちていた。ランスはリング内でつかうものではない。エクトールのランスが小屋からなくなっていた。モントーヤは足をいためていて闘牛はできなく なっていた。エクトールは荷造りをしており、何らかの理由で牧場を去るつもりだった。
 一方で、モントーヤは伝説的英雄であり、名誉をおもんじる価値観をもつ人間である。
「彼らは誇り高く、勇敢で、名誉をおもんじるんです(You see, they must be proud, brave, they must have honor)」(サンチェス警部)
「モントーヤさんもそんな たちなんでしょうか(Is Montoya a vain man?)」(コロンボ)
「ええ、もちろん(Oh, yeah)」(サンチェス警部)
「つまり対面をおもんじる方ですね(Is he concerned with his public image?)」(コロンボ)
このことは、動機の推理をすすめる上での前提条件になる。
 その後コロンボは、エクトールが殺された事件ではなく、その前におこった、クーロが猛牛マリネロにおそわれた事故の中に、動機を解明する鍵があるとおもい、クーロに会いに行く。そして、サンチェスに報告する。
「うちあけた話、殺しの動機だけは何となしわかったような気がするんですよ。ただ、誰も信じてくれそうにないんでね(I’ll tell you the truth. I got a crazy notion I know why Rangel was killed. Trouble is, I don’t think anybody is gonna believe me)」(コロンボ)
その動機とは、「モントーヤは、無様な姿を見られてしまった」ということであり、これが、動機に関してコロンボがたてた仮説である。つまり、モントーヤは、無様な姿を見られてしまったという真実を、どうしても抹殺したかったということである。この仮説は、すでに発見されていたいくつかの重要な「事実」を、モントーヤは誉れ高い名声をおもんじる価値観をもつという「前提」に照らしあわせることによりみちびきだされた。つまり、「事実→前提→仮説」の順にコロンボは推理をすすめた。
 一方で、このような仮説がたつと、名誉を重んじるという「前提」のもとで、無様な姿を見られてしまったという「仮説」から、エクトールを生かしておけなかったという「結果」が自然にひきだされ、「前提→仮説→結果」という推論も成立する。なお、エピソード冒頭のシーンをよく見直してみると、おびえて立ちすくむモントーヤがクーロの夢の中でえがかれているのがわかる。
 コロンボはさらに推理をすすめる。名誉を重んじるという「前提」は今でも変わらない。もう一度、無様な姿を見られたら、しかも、多くの人々の前で見られたら、モントーヤはどうするだろうか。まさか、ふたたび殺人をおかすことはできない。モントーヤは、もう何もできずに真実を素直にみとめざるをえなくなり、きっと観念するはずである。ここでコロンボは、「前提→仮説→結果推測」と推論をすすめた。そして、クーロらに協力してもらい、推測が正しいことを検証した。推測は事実となったのである。
 このように、このエピソードは、コロンボが犯人の動機を推理していく様子をくわしくえがいている。私たち視聴者も動機はわからず、コロンボとともに推理をすすめていく。コロンボは、動機を解明するための推理として、第1に仮説を形成し、第2に結果を推論し、第3に、推論結果が事実であることを検証した。つまり「仮説形成→推論→検証」という手順をふんだ。そして、仮説の正しさが検証されると、同時に、事件も解決された。
 最後の決着のつけかたはきわめて異例といえる。おどろくべき決着のつけかたである。コロンボは、決定的証拠を何もつきつけていない。ラストシーンでは、モントーヤとコロンボは何も言葉をかわさない。もう、おたがいにすべてがわかっている。言葉などまったく必要ない。モントーヤは、犯行を素直にみとめ、それによってかえって威厳をとりもどす。
 コロンボは、推理の過程で犯人の心の中を十分に理解し、犯人の心の急所を見事に突いたのである。


tanokura.net 2005年12月25日発行
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