推理と対決 -『刑事コロンボ』研究 -
34.仮面の男  “IDENTITY CRISIS”
目 次
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まえがき
01.殺人処方箋
02.死者の身代金
03.構想の死角
04.指輪の爪跡
05.ホリスター将軍のコレクション
06.二枚のドガの絵
07.もう一つの鍵
08.死の方程式
09.パイルD-3の壁
10.黒のエチュード
11.悪の温室
12.アリバイのダイヤル
13.ロンドンの傘
14.偶像のレクイエム
15.溶ける糸
16.断たれた音
17.二つの顔
18.毒のある花
19.別れのワイン
20.野望の果て
21.意識の下の映像
22.第三の終章
23.愛情の計算
24.白鳥の歌
25.権力の墓穴
26.自縛の紐
27.逆転の構図
28.祝砲の挽歌
29.歌声の消えた海
30.ビデオテープの証言
31.5時30分の目撃者
32.忘れられたスター
33.ハッサン・サラーの反逆
34.仮面の男
35.闘牛士の栄光
36.魔術師の幻想
37.さらば提督
38.ルーサン警部の犯罪
39.黄金のバックル
40.殺しの序曲
41.死者のメッセージ
42.美食の報酬
43.秒読みの殺人
44.攻撃命令
45.策謀の結末
考察 -コロンボの方法-
参考文献
作品評価

キーイメージ

 A.J.ヘンダーソンが、ホテルの一室でショルダーホルスターをはずし椅子の背にかける。

DVDチャプターリスト

(1)コロラドとジェロニモ (2)チップの割り符 (3)“シンドバッド”の客   (4)ヘンダーソンは誰だ? (5)スナップショットの男 (6)作戦の黒幕 (7)警部、尾行される? (8)スタインメッツの犯行 (9)部長への直通電話 (10)CIAオペレーター (11)10ドルのための訪問 (12)“諜報員は銃をもつ”

犯行の動機

 CIAの情報部員であるネルソン=ブレナー[コードネーム:コロラド](犯人)は、CIA西武地区責任者でありながら、二重スパイの内職をくりかえしていた。
 そこに、かつて相棒をつとめていた おなじくCIA情報部員のA.J.ヘンダーソン[コードネーム:ジェロニモ](被害者)が突然あらわれる。彼は死亡したとつたえられていたが、実は生きていたのである。ヘンダーソンは、3年前に二重スパイの内職をしていたことの証拠をにぎっているとブレナーを脅迫し、口止め料を要求する。
 金を支払うと言うブレナーだったが、あたらしい仕事をヘンダーソンにもちかけ、その裏で彼を殺害する計画をすすめていく。

コロンボはいつどこでピンときたか

 交通遊園地で、CIAの部長フィル=コリガンに会って、ブレナーがCIAの情報部員(スパイ:今はオペレーターよばれる)であることを知ったとき。
「ネルソン=ブレナーがねぇ。いゃー。それで、どうしてもつじつまがあわなかったところがわかってきました(Nelson Brenner? Well… that certainly explains a great many strange things)」(コロンボ)
「不審におもわれることは多々あったろうが、それは、ブレナーがCIAをまもるためにやったことなのだ(Whatever inconsistencies bother you, Lieutenant, come as a direct result of Brenner trying to protect the Agency)」(コリガン部長)
「いゃー、おどろきましたねぇ(It’s fantastic)」(コロンボ)
 実はこのときコロンボは、コリガンの説明に納得したのではなく、ブレナーがヘンダーソン殺害の犯人であることを確信したのである。
 コロンボは、ブレナーが事件に関係しているのではないかとおもっていた。確証はなかったが、ヘンダーソンが上着をぬがされていたことから、犯人は、ヘンダーソンが情報部員であるということを知られないために、上着をぬがせて拳銃をもちさったのではないかと推測していた。情報部員はショルダーホルスターに拳銃をいれ、上着を着てそれをかくしているからである。
 コロンボはコリガンとのわかれぎわに、情報部員はつねに拳銃をもちあるいていることを確認する。

犯行を裏付ける事実

 殺害されたヘンダーソンは、まず顔をなぐられて、たおれてからもう一回うしろからやられていた(正面からやられたということは、ヘンダーソンは相手を知っていたということである)。ヘンダーソンの遺体のそばに彼の上着がおいてあった(金やクレジットカードをとるのに、なんで上着をぬがせるような面倒くさいことをしたのか妙である)。
 ロングビーチ遊園地で、ブレナーとヘンダーソンが一緒にいるところをとった写真がみつかった。ヘンダーソンの会社の人が、有名な経営コンサルタントとしてのブレナーを知っていた。
 謎の人物スタインメッツに殺されかけた容疑者メルビルの車には、少量のプラスチック爆弾がドアにとりつけられていた(メルビルは、彼のボスのスタインメッツに殺されそうになったように見えたが、スタインメッツが彼を本当に殺すつもりなら、もっと多量の爆弾をエンジンにとりつけたはずであり、スタインメッツはメルビルを殺すつもりはなかった。「メルビルが殺人をおかしてしまい、真実の発覚をおそれたスタインメッツが容疑者メルビルを殺害しようとした」というシナリオをでっちあげようとした人物がいたのではないか)。
 ブレナーはカツラをつけていた。ブレナーの顔写真から髪の毛をとりはらって、カツラと口ひげと眼鏡をかきこんだらスタインメッツになった(謎の人物スタインメッツはブレナーの変装だった)。
 ブレナーが、事件がおこった夜の11時ごろにオフィスで口述を録音したとされるテープに、ブラインドを閉める音が入っていた(実際にはテープは朝録音された)。

コロンボはいかにして決着をつけたか

 コロンボは、ブレナーが録音した口述テープの再生をつづける。
「中国をご心配ですか。だいじょうぶ。彼らはオリンピックからは手をひいても、我々の大豆からは手をひけないからです(If you’re worried about the Chinese… don’t be. They may pull out of the Olympics but not out of the soybeans)」(ブレナー)
 しかし、中国がオリンピック不参加を発表したのは、事件当日の朝6時であった。
「あなたが、原稿の口述をしていたと主張なさっている前夜の午後11時から、なんと7時間もたってから、この中国のオリンピック不参加が世界をおどろかせたんです(At 6:20 a.m. on the morning, 6 hours and 20 minutes past midnight, 7 hours and 20 minutes past the time that you claim that you were writing the speech. And to the shock of the world, the Chinese pulled out of the Olympics)」(コロンボ)
「そうだったか(Did they?)」(ブレナー)
 ブレナーが前の晩にそのことを知っていたことは絶対にありえない。事件当夜のブレナーのアリバイは完全にくずされた。

解説:正攻法でスパイにいどむ

「コロンボ君。ひとこと警告しておくが、君はね、管轄外にふみこんでいるのだ。もう一度だけ要請しておく。邪魔せんでくれ(Lieutenant, let me assure you that you are delving into areas over which you have no authority. For the last time, I ask you, don’t harass me)」
 ブレナーはこう言ってからCIAの部長に連絡した。そして、
「実は部長さんにお会いしたんです。おたくのね。(I just met the director. The head man)」(コロンボ)
「ああ、知ってるとも。君の行動はすべてわかっていた。これでうそをついた訳がわかっただろ。これで私もすっきりしたよ(Yes, I know. I knew it before that you were going to meet him. All the lies are explained now. It’s a weight off my mind, too)」(ブレナー)
 ブレナーは、これで、コロンボは手をひくとおもった。
 ブレナーは、コロンボの動向を徹底的にしらべあげていた。あらゆる情報網を利用し、CIAの先端技術もつかって尾行や盗聴もした。コロンボのかみさんが『蝶々夫人』をよく聞いていることまでしらべあげた。そして最後には、CIAの部長まで動員し、自分の身分をあかした。
 ブレナーは、かつては軍隊の英雄だった。学歴も経歴も申し分ない。褒賞も多い。外国語も堪能であり、様々なライセンスをもち、勢力もあり、豪華な屋敷に住んでいる。しかし、物事の本質を見抜く力においてはコロンボよりもおとっていた。
 コロンボは、疑問にもとづいて捜査をすすめ、えられた情報にもとづいて仮説をたて、犯人のアリバイくずしに労力を集中するという、きわめて基本的な手順をふんだ。コロンボは、ごく普通の手段で手に入る資料や情報にもとづいて推理をすすめたにすぎない。コロンボの方法は正攻法であった。
 しかしコロンボは、物事の本質を見抜く力、真相を見通す力において、スパイよりもまさっていた。そしてスパイを見事に攻めおとした。
 このエピソードは、表面的な資料や情報にとらわれずに物事の本質を見抜いていくコロンボの姿をえがきだしている。物事の本質を見抜くためには、資料やデータをならべているだけではダメである。本質とは、目に見えるところや耳に聞こえるところにあるのではない。それは、直接みたり聞いたりするものではなく、洞察するものである。コロンボはするどい洞察力の持ち主であった。


tanokura.net 2005年12月25日発行
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